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いや~重いテーマだった。
録画予約する段階でテーマが出てないのでおかしいな、と思っていましたがスクープの名に値する重大な記録です。
尖閣諸島問題とのタイミングでこの重いスクープは意図的とすら思える。
しかし、タブーに触れるのはとても大事だと思う。
日本の真の独立と核兵器の関係
現状でなし得ることを真剣に考えるテーマと時代性があった。

「日本という至高の利益が脅かされるという緊急事態になれば、もう、何が何でも核兵器を持つというオプション(選択肢)も完全にルールアウト(除外)しない
今年3月になくなった元外務次官の村田良平さんの死の1か月前の言葉。

唯一の被爆国の日本が核兵器を持つということの意味を考える。
非核三原則を宣言した佐藤栄作政権。
核兵器の保有を模索していたのは、まさにこの時期。
佐藤政権の側近から得た極秘資料。
原爆を少数製造するのは比較的容易。
核兵器の原料となるプルトニウムを生産できる。

佐藤首相のブレーンのテープレコーダーの音声

核兵器を作ろうと思うたら、あんなもんボロンちゅうもんや(簡単にできる)
だから、(核兵器を作る)能力はあるんやちゅうことですよ」
当時の西ドイツと秘密協議をしていた事実が明らかになった。
「日本は超大国を目指し、核兵器を持つこともあり得る」とドイツ語の資料の映像。
元西ドイツ高官
「日本は自ら核兵器を作るかもしれない。その話に、私は衝撃を受けました」

長崎の被爆者谷口稜曄 (すみてる)さん。16歳で被爆し、背中に大やけどを負いながらも奇跡的に一命を取り留めた。
「これ以上 生きてきた被爆者をくるしめないようにしてもらいたい」
唯一の被爆国日本。
私たちは一貫して核廃絶を願ってきたはずでした。

今回の取材は元外交官の証言をきっかけに始まりました。

村田良平さん。核兵器の日米の持ち込みについて実名で明かしてきた人物です。

真剣な、まじめな、しかも現実の脅威を頭に入れた議論を巻き起こすべきなんです。日本の中で
村田さんは佐藤政権下で外務省の調査課長を務めていた。
総理大臣官邸と緊密に連携していた。

その中で冒頭の日本の核保有についての言葉が出た。
議論のきっかけになったのは1964年の中国の核実験成功、核保有国化だった。佐藤総理はその3か月後、米国のジョンソン大統領と会談。
そのときのアメリカ側の議事録。
佐藤首相「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」
これに対し、アメリカ側は日本に核兵器を持つとことを思いとどまるよう伝えた。
核兵器開発競争で、保有国は5か国(米、ソ、英、仏、中)以外に持たないようにするためNPT(核拡散防止条約)への参加を各国に促した。
画面には日の丸、西ドイツ、イタリア、スウェーデン、インド、カナダの国旗。
大国主導のため日本はNPTへの参加を先送りしていました。
「NPT に参加することで、永久に2流国に格付けされるのは絶対に耐え難い」(牛場信彦外務審議官の発言)

村田良平さん「なんとか核兵器を持てるきっかけをつくるように努力すべきだと思いましたけど、NPTでの会議でそんなことは提案できませんからぜんぶ裏取引ですから(西ドイツと)意見交換をずっとやってなんとかこれを覆す方法はないだろうかと
秘密協議の相手は「エゴン・バール
西ドイツの政策企画部長。のちの首相府副長官として東西ドイツの統合にも重要な役割を果たした人物。
この事実を明かしたとき、がんで闘病中だった村田良平さん。
核保有を巡る西ドイツのとの秘密協議とはどのようなものだったのか?
バール氏に取材を申し入れたが、音声のみの取材でテレビかえらでの取材は許可されなかった。
バール氏の音声
「このことについて話すのは慎重にならざるを得ない。なぜならこれは今でもデリケートな問題だからだ」
バール氏の対応が変わったのは村田さんの映像を見せてから。
村田「きょうNPT・核拡散防止条約についてNHKのインタビューを受けました。私は肺がんを患っていて、おそらくもうじきこの世を去ると思います。あなたが末永くお幸せでおられることを願っています」
バール氏はカメラでの取材に応じた。
40年以上前の秘密協議について初めて重い口を開いた。
バール氏「日本の外務省から極秘の会合を行いたいと申し入れがありました」
第2次世界大戦の同盟国だった日本とドイツの初めての協議はー国際的にも関心を集めかねないため極秘に行われたのです」
「率直な意見が出されたことに私は正直驚きました」
当時のブラント首相への報告書が残されていた。
”Supermacht (超大国) sprengköpfe(核弾頭)”

1969年2月箱根
バール氏の証言と報告書から日本と西ドイツの協議は人目を避け箱根の旅館で行われた。
日本側から出席したのは外務省の調査課長の村田良平さん、国際資料科部長の鈴木孝さん、分析課長の岡崎久彦さん。
西ドイツからは政策企画部長のエゴン・バール氏 参事官ペア・フィッシャー氏 参事官クラウス・ブレヒ氏。

「日本と西ドイツはアメリカからもっと自立する道を探るべきだ」
「両国が連携することが超大国になるために重要だ」

「日本と西ドイツの置かれている状況は違いすぎる」
「冷戦で東と西に分けられているドイツではこうした問題について自分たちでは決定できない」

東西冷戦の最前線だった東西ドイツ。
アメリカの核が配備され、常に核の脅威にさらされていた。
慎重な西ドイツに対し、日本側は核保有について具体的に踏み込んでいました。
「10年から15年の内に、核保有を検討せざるを得ない非常事態が起こると考えている」
「中国が核兵器を持つことをアメリカが認めたり、インドが核保有国になるような事態だ」
アジアの他の国に後れを取ることはできないとした日本。
強調したのは日本には既に核兵器を作る能力があると言うことでした。
日本には憲法9条のおかげで平和利用の名の下に誰にも止められることなく原子力の技術を手にした
「日本は核弾頭を作るための核物質を抽出することができる」
バール氏は「私がその夜、『大変なことだ』と激しく動揺したことを告白します」
「日本は必要だと決断すれば比較的短期間で核兵器を作れるという考えでした」
日本が核を持つことのないよう願いました

日本には実際に核兵器を作る能力があったのか。

政府が核兵器を作る方法を具体的に探っていた事実をつかんだ。
当時調査に当たった責任者を捜し出した。
志垣民郎(しがき・みんろう)さん(87)。元内閣調査室主幹
核兵器の調査研究をする責任者だった。
当時の志垣さんの日記。
「鈴木、相原と国際文化会館に行きC室でカナマロ会。垣花氏よりウラン濃縮について」
「war head (核弾頭)製造能力」
調査は中国の核実験成功をきっかけに始まった。

志垣さん「中国が核を持ったと言うことは当然日本に脅威を与えますね。だから日本はこれに対応しなきゃいかんじゃないかと」
「核というものはどういうものか、できるのか、そういうことを勉強しなきゃいけないと議論しましたね」
志垣さんが集めたのは第一線の専門家たち。
核物理学者や安全保障の専門家、防衛庁からも担当者が参加していた。
「日本の核政策に関する基礎的研究(その一)」内閣調査室がまとめた報告書。
1 核爆弾製造に関する問題
2 核分裂性物質の製造の問題
3 ロケット技術開発の現状
4 誘導装置開発の現状
5 人的・組織的側面
6 財政上の問題点
プルトニウムの生産方法まで記されていた。
核兵器を少数製造するのは可能であり、比較的容易である」と具体的に記していた。佐藤首相へ提出した。
志垣さんは「諸外国に対して、いつでもそういう力を持っていることを示しておくことは必要ではないですか」という。
核兵器を作ることができる場所として報告書に記されていたのが日本原子力発電 東海発電所(茨城県東海村)。
当時の技術責任者・武田充司(あつし)元東海発電所所長(78)
武田さんは当時の内閣調査室の報告書の存在を全く知らなかった。
「核燃料を従来より2~3倍多量に使用しまたその燃料の取り替えの作業を行うということである」というプルトニウムを取り出す方法が記されている報告書の一文に武田さんは注目する。
武田さんは「核兵器の問題とか、そういうことを語ったり調べたり話したりするのはタブーだ。不必要な疑いをもたれないようにという気持ちは非常に強かった。我々原子力発電に携わっている技術屋っていうのは」
報告書によると、純度の高いプルトニウムが年間100㎏作れるという。長崎に使われた原爆を10発以上つくれる生産量。現場の技術者から見てもきわめて具体的な量だった。
「気がついていれば、問題になると思うが当時はこんなこと夢にも思わなかった。こんなことをやっていると全く想像できなかったんで」

報告書は最終的に「有効な核戦力を保有するのは多くの困難がある」と結論づけた。日本が核兵器を持てば、周辺国との関係が悪化する恐れがあったからだ。
ここでなぜか、佐藤元首相がジョンソン元米大統領をにらむようなモノクロ写真のクローズアップ。
さらに、国内の反核運動の感情があった。
志垣さんは「(国民が)大反対する。安保騒動以上の騒ぎになる。内閣の一つや二つがすっ飛ぶ恐れがある。できないことはないが、やるのは大変だということ」と説明する。

核兵器を保有することを国民に明かす考えがなかったかどうか。
志垣さん「公表することは考えなかった。特に外交・軍事等については裏があるということ分かってもらいたい。裏がなけりゃ外交なんて成り立たない。それが分からないという国民の方が悪いんであって、国民は国家の外交やなんかのことをもっと知るべきですよ

佐藤元総理の側近中の側近、楠田實主席秘書官
極秘 無期限の印影がある書類。

佐藤元総理がジョンソン大統領を訪米したときの議事録。第2回会談。
佐藤「我が国対するあらゆる攻撃 核攻撃に対しても日本を守るという約束を期待したい
ジョンソン「私が大統領である限り我々の間の約束は守る
マクナマラ国防長官に日本の意思を伝えていた。
「日本は核を持たないことははっきり決意しているのだから、日本は米国の核の傘の下で安全を確保する」
核を持たない代わりに核の傘に入った日本。
その2か月後非核三原則を宣言。
退任後の1974年、佐藤元総理はノーベル平和賞を受賞。
受賞理由は非核三原則

佐藤元総理の受賞演説。
私は長い政治活動を通じて終始一貫して平和を追求してまいりました
世界中に発信されたスピーチ、その裏に知られざる事実があったことが分かった。

このスピーチを作るに当たって、側近たちが案を練っていた。
高坂正堯京大教授(当時)「国際的には非核三原則って評価されますよ。僕は重要だと思いますね。現実問題アメリカとソ連が核兵器を作ってものすごく増えているわけですよ」
京極純一東大教授(当時)「だからアメリカとソ連に教育するという姿勢で腹を決める」
梅竿忠夫京大教授(当時)「それは言ってもいいと思いますね」
京極「世界中のすべての国が(非核三原則を)フォローしまねすることを希望する

スピーチ原稿に縦棒線が入れられ、スピーチ直前にこの部分は読まれなかった
なぜ消されたのか?
佐藤元総理の日記に手がかりが残されていた。
原稿が修正される6日前、来日したキッシンジャー元国務長官に佐藤元総理は会っていた。
日記「オスロの演説アメリカの意に反して演説する気はないので一応打診」
アメリカ側の資料ではキッシンジャー元国務長官は「アメリカの核政策を縛るような文言に不快感を示していた」。
非核三原則を世界に呼びかける一文はアメリカの核の傘に入った日本からは発信されることはなかった。

核の傘に入った日本はその後どうしていたのか。
192カ国が加盟する国連。核軍縮は重要な議題とされてきた。
日本が核軍縮決議でどう投票してきたのか。記録が残っていたのは562件
日本の賛成率は東西冷戦が激しさを増した1970年代後半から急激に落ち込み、40%以下の年も見られる。
冷戦終結の後の1990年以降は平均約55%
被爆国日本がなぜすべての決議に賛成できないのか
軍縮大使(1989~92年)だった堂之脇光朗さん。
堂之脇さんは1990年、国連の核実験禁止に関する特別委員会の議長に就任。
その直後、アメリカ政府からある施設に呼ばれた。
アメリカのネバダにある核実験場
冷戦時代から900回以上核実験が行われた場所。
ここで、日本を守る核の傘を維持するためにも実験をすることが必要だと主張された。
「むしろ、実験することで不要なものを減らすことになることにつながるんですと言ってましたからね、そういう理屈もあるかなと思ったりして。この人たちはもう実験はいりませんとは絶対に言わない、永遠に続けたいんだという感じがしましたね」

その後も、核軍縮を求める決議に棄権や反対を繰り返す。
堂之脇さんの在任中50回の内29回を棄権や反対していた。
「アメリカがいやだという決議ですから、核の傘で守ってもらっているというのが日米安保条約ですから、相手がいるんだから(反対や棄権は)しょうがない
堂之脇さんと同時期、軍縮大使を務めていたメキシコのミゲル・マリンボッシュさん。数多くの核軍縮決議を提案し、各国に協力を求めてきた。
日本にはがっかりさせられた。核実験や核兵器に反対する国を全世界から探すとすれば日本しかありません。日本は本来核兵器廃絶の先頭に立つべき国なのです
先月の国連総会。
菅直人総理「唯一の被爆国である日本は、核兵器のない世界を実現するため具体的に行動する道義的責任を有しております
日本は今、本当に核廃絶への責任が果たせるのか、今改めて問われている。
今年5月、ドイツ。
エゴン・バール氏。
ヨーロッパに配備されているアメリカの核を撤去するよう呼びかけています。
「私たちは核兵器のない世界に進むべきだと心から思います。長い道のりですがまず最初の一歩から始めなければなりません。私たちはそうするつもりです」

村田良平さん。亡くなる直前まで日本の状況を厳しく見つめていた。
具体的にどうすれば核があっても意味がない世界を作れるかという勉強進まないまま来ちゃいましたよ、はっきり言って。要するにタブーだという現状が今日まで続いているんだと思います

核廃絶を願いながら、核を求めるというこの矛盾と私たちはどう向き合ってきたのでしょうか?
長崎平和祈念像。
谷口稜曄さん。核のない世界を求めるため被爆体験を語り続けている。

私は忘却を恐れます。忘却が新しい原爆肯定へと流れていくことを恐れます。どうか目をそらさずにもう一度見てほしい

浮かび上がってきた日本の実像、私たちに重い問いを突きつけています。
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